でこと外人の確執



「とうとう卒業しちゃったのね私たち」
「うん。長かったようで短かった三年間」
「ま、それなりに楽しかったからよかったんじゃないかしら」

制服を着て歩くのはこれが最後だから。三人はそれぞれ思いを馳せながらゆっくりと、確実にマリア様の像に向けて歩みを進めていた。蓉子と江利子は他大へ、聖はリリアン女子大に進学。三人とも別々の道を歩むために揃う機会もないと踏んでのことか、マリア様の像に近づくにつれて口数が少なくなっているのは気のせいではないらしい。蓉子が口を開いても、うん、やら、ええ、やらたった一言の頷きが返ってくるだけ。それが余計に寂しさを感じさせているのであった。

「何だか今日で卒業しちゃうって感じしないわよね」
「うん」
「そうね」
「明日からもこの制服を着て、いつも通りに学校に通っているようなそんな感じ……」
「うん」
「そうね」
「寝ぼけて登校しちゃいそうよね」
「うん」
「そうね」
「もう卒業なさったんですよって祥子辺りに言われたりして」
「うん」
「そうね」
「ねぇ……話聞いてないでしょ」
「うん」
「そうね」
「……私ってバカ?」
「うん」
「そうね」
「私のこと嫌いなの……」
「うん」
「そうね」
「……ちょっと!」

何を言っても上の空の二人に痺れを切らした蓉子は両隣にいる二人の肩をガシっと掴んだ。若干力が篭っているのはバカやら嫌いやらを否定されなかった恨みが上乗せされているからだろう。
不意に肩口を掴み上げられた二人は振り返ってぎょっとした。あの蓉子が、泣いている。

「最後なんだから……例えつまらなくても最後ぐらい楽しそうに笑ってよ……っ!」
「つまらないなんてそんなことないよ」
「そうよ。蓉子の勘違い。だから泣かないで。泣いた顔も可愛いけど
うん可愛いよね
「は?」
「「ううん、こっちの話」」

満面の微笑みを向ける二人に蓉子は首を傾げた。ついさっきまではミクロの笑顔さえ浮かべてくれなかったというのに。

「ほら行こう」

聖が蓉子の右手を取る。

「早くしないと置いていくわよ」

空いた左手を江利子が確保。両手を塞がれた途端に歩き出されてつまづきそうになったけれど、何だか嬉しくなって蓉子ははにかんだ。勘違いしてごめんね、心の中で二人に謝って先行する背中を見る。でもそれならさっきの上の空っぷりは一体何なのか、ぼそっと呟かれた言葉を含めて蓉子の中で疑問になりつつあった。

そうこうしているうちにあっという間にマリア様の像にまでやってきた三人。
卒業式を終えた後写真を撮ったり別れを惜しんでいたこともあり周りにはもうほとんど人の影はない。最後の生徒二人が像から立ち去った直後、三人はそれの前に立って最後のお祈りを始めた。蓉子や江利子にとっては本当に最後のお祈りになるから、お世話になりましたとの感謝の意をこめていつもよりも長めにお祈りをする。
終わって横を見れば二人とも既に終えていたようで、長々としていたところを見られて蓉子は恥ずかしくなった。照れ隠しするようにプイっと顏を背けると二人から短く笑い声が漏れる。

「な、何よ」
「いや、そういう仕草も可愛いなと思って。ね、江利子?」
「ええ。衝撃的可愛さよね。あ、照れてる。かわいいー」
「っ……」

からかわれているとわかっていても可愛いと言われてつい顔を赤らめてしまう辺り蓉子らしい。
そんな純粋な親友を面白がってつついていた二人だが、少ししてから真剣な表情に戻して蓉子を見た。まるで、今から今生の別れの辞でも述べるかのように。

「蓉子と出会えて本当によかった。貴方がいなければ私は今この場にいなかったかもしれない。世話焼きでお節介だったけど、親身になって心配してくれた蓉子に感謝してる。愛してるよ」
「聖……」
「蓉子がいなかったらきっと山百合会は成り立っていなかったわ。いつも大変な仕事ばかり引き受けてくれて、ありがとうの言葉じゃ足りないぐらい感謝しているわ。これまで支えてくれてありがとう。好きよ、蓉子」
「江利子……」

突然の告白に目尻の奥が熱くなってくるのを蓉子は感じた。今まで生きてきた中でこういうことを改めて言われたことがないから、思考がどう反応していいのかわからないのだ。

「私も……私も二人のことが好き」

やっとのことで言葉を紡ぎ出すと同時に涙が一筋頬を伝う。三年間一緒に過ごしてきた中で初めてお互いの意思を伝え合ったことに、蓉子はこの上ない幸せを感じていた。二人はそんな蓉子を優しく慰めるようにそっと肩に手を添えてやる。

マリア像の前で誓い合ったそれぞれの想い。今日は最高に良い日かもしれないと、蓉子が思った瞬間のことだった。

「で、どっちの方が好きなの?」
「え?」

唐突な聖の言葉に鳩が豆鉄砲を喰らったような顏をする蓉子。その後そっくりそのまま同じ言葉を江利子に言われて何かを感じた蓉子は思わず一歩、たじろいだ。

「どっちがって、どっちも好きだけど……?」
「どちらかといえばどっちの方が好き? もちろん私だよね蓉子」
「何言ってんのよ。浮気性な聖よりも一途な私の方が好きに決まってるじゃない」
「でこには山辺さんがいるじゃん」
「でこいうな外人。彼は彼、蓉子は蓉子よ」
「外人いうな! つーかそれって世間じゃ二股っていうんだよ。そんなことしようとしてるヤツに蓉子は渡せないね」
「誰にでも愛してるなんて軽口叩いてる方がいつ浮気されるかわかったもんじゃないわ。蓉子の傷つくところなんか見たくない」
「はじめから二股かけてる方が最低じゃん。何がっついてんの」
「がっついてんのはどっちよ。蓉子の肩に触れながらやらしい手つきすんのやめてくれる?」

パシン。
溜息を吐きながら聖の手を振り払った。

「……やるかでこちん」
「今日は止めに入る邪魔者もいないし、あの日の決着をつけるには丁度いいわね。それに伴って停戦協定も破棄」
「ちょ、ちょっとやめてよ! それに停戦協定って……」

二人の間に割っていった蓉子を一瞥すると聖は口元に笑みを浮かべて江利子を見据えながら言った。

「卒業するまでお互い蓉子に気持ちを伝えるのは留めようって決めてたんだ。今日は卒業式だからそれが解禁される日」
「なっ、何それ……」
「ほんと長かったわ。今日やっと蓉子が私のモノになるのね」
「誰がでこのもんだ! 蓉子は私のことが好きなの。でこに隣に立つ資格はない」
「自惚れんのもいい加減にしなさいよ外人。まだ栞さんのことが好きなくせに」
「そうなの聖……?」
「――栞を引き合いに出すなんて卑怯だ」
「本当のことを言ったまでよ。それとも蓉子の前では言っちゃまずかったかしら?」
「江利子やめて! それ以上聖を傷つけないで……」
「蓉子……そう、聖の言ってることは本当なのね。貴方の気持ちはよくわかったわ」
「(よっしゃWINNER!)」

顏を伏せた江利子を前に聖は小さくガッツポーズをかます。これで蓉子は自分のもの、そう思うとどうしても頬が緩んでしまってそれを見た江利子はこめかみをわずかに浮き出させながらも毅然と身を翻して裏門の方へと体を向けた。

「お邪魔虫は退散するわ。もう二度と会うこともないだろうけど……ごきげんよう」
「ま、待って江利子!」

振り返りもせず歩き出す江利子の手を蓉子が取ると、ガッツポーズしたままの聖が脱力するのが見受けられた。思わせぶりな行動は結構堪えるものである。

「もう二度と会うこともないってどういうこと?」
「言葉の通りよ。会う必要がないもの」
「どうして」
「会いたくないから」
「私は江利子に会いたい」
「どうして」
「貴方のことが、好きだから」
「「嘘!?」」

蓉子の言葉に二人同時に声をはもらせる。聖なんか明らかに愕然とした表情を浮かべていてこの世の終わりみたいな感じで、逆に江利子は奈落から引き上げられたようなほど生き生きと表情を明らめている。蓉子の一言で二人の状況が面白いほどに一転した。

「蓉子、私のことが好きって本当?」
「嘘なんか言わないわよ」
「じゃ、じゃあ!」
「でも聖のことも好きなの」
「マジ!? イヤホーゥ! ほらみろでこ! 蓉子私のこと好きだって!」
「待ちなさいよ、私の方が先に好きって言われたわ。つまり私の方が好きってことよ!」
「まだ言うかでこちん」
「うっさいわね外人」
「でこ!」
「外人!」

「二人とも黙りなさい!!」

「「は、はい……」」

鶴の一声とはまさにこのこと。蓉子の怒鳴り声によって口論していた二人はぴたりと言葉を止めた。それでも視線での戦いは続行中、それを見た蓉子は呆れたと溜息を吐き出した。

「二人とも私のことが好きなんでしょう?」
「「うん」」
「私も二人のことが好き。どっちが上とかじゃなくてどっちも同じだけ好きなの」
「それが変動する可能性は?」
「そんなのわからないわよ。変動するかもしれないししないかもしれないし……」
「無きにしも非ずってことでしょ? なら話は早いわ。蓉子、今日家に泊まりにこない?」
「江利子の家に? いいけどどうしたのいきなり」
「ちょっとまった!! 江利子んちはうるさい兄貴らがいるじゃん。ウチの方がいいよ。両親旅行行ってるし!」
「うるさい兄貴で悪かったわね! 賑やかでいいじゃない。大体誰もいない家に蓉子連れ込んで何する気なのよ」
「さぁね〜? 自分の家で何しようがでこには関係ないじゃん」
「蓉子に関してはおおありよ。志摩子や祐巳ちゃんでも連れ込んでればぁ? だから蓉子はウチに♪」
「はぁ? そっちこそ令や由乃ちゃん呼べばいいじゃん! 蓉子はウチに来んの!!」
「ウチよ!」
「ウチだって!」
「「蓉子はどっちに行きたいの!?」」

「どっちにも行きません」

「「えぇっ!?な、何で……」」
「どっちにも行かないけどウチに泊まりに来たら? そしたら三人一緒にいれるでしょ」
「三人……」
「一緒……」

聖と江利子は顔を見合わせて小さく呟いた。

(三人一緒ってことはつまりアレだよね)
(ええ。そういうことみたい。どうする?)
(仕方ない……一先ず一夜限りで共闘協定を結ぼう)
(今夜は協力せざるを得ないってことね。わかったわ、協定結びましょう)

交わされるアイコンタクトでのそんな会話に何も知らない蓉子はただニコニコと二人の返事を待ち受けていた。
鈍感って怖い。合掌。

「うん、行く。蓉子の家に泊まりに行くよ」
「私も。ごめんね変なことで喧嘩しちゃって」
「よかった! 仲直りしてくれれば嬉しいわ。やっぱり喧嘩別れは嫌だから……」
「じゃあ一旦家に帰って荷物まとめてくるわね。また後で。ごきげんよう」
「私も。飛んでいくから! またね蓉子」
「ええ、また後で」

マリア様の像から裏門へ続く道へ歩む二人。それを見送りながら蓉子は枝分かれしたもう一つの銀杏並木へ続く道へと進み、歩きながら家での計画を一人楽しそうに立てていた。三年間の積もり積もった話を夜更かしして談笑して、卒業記念にワインなんか飲んじゃったりして、今夜はドキドキして眠れないかもしれない。そんな期待に胸を膨らませて高校生活最後の正門を潜り抜けていった。
……これからどんな事態が待ち受けているのかも知らずに。




蛇足という名のコメント
READY×GO!の桜沢さんから77777hitのキリリクSSということで頂きました。
桜沢さんのサイトにてみなさん堪能されたと思われた頃にこっそりアップ。(え
こ、この後の蓉子さまの運命は・・・・・・。
桜沢さん、素敵なSSをありがとうございました。。


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