白い記憶



記憶に残っているのは、雨の公園とあの頃の友達、そして白い、タバコの煙。




「蓉子、何これ」


私の部屋に遊びに来ている聖が、机の上にあったそれに気づいた。
何気なく見ていたら気づかないくらいにさりげなかったと思うのだけれど。
相変わらずよく見ているなぁなんて小さく笑って答える。

「タバコ。…いや、吸い殻と言うべきかしらね」

「そんなの、見れば分かるよ。私が聞きたいのは何でこんなものが蓉子の部屋にあるのかってことなんだけど」

『まさか、男?』
なんて続けてくる。

聖は時々こういうことを言う。
私が聖しか好きじゃないのを知っているくせに。
ひょっとしたら不安なのかもしれない。
私はあまり言葉にしないから。

「蓉子、聞いてる?」
「聞いてるわよ。聖は私が二股かけられるほど器用だとでも思っているの?」
「思わないし、蓉子がそんなことするとも思えない」
「それじゃ、いいじゃない」
「…蓉子、タバコ吸ってるの?」
「吸ってる、というよりは吸ってみた、という感じかしらね」
「なんで?」

今日の聖は何だかしつこい。そんなにタバコが嫌いなんだろうか。
かくいう私は、タバコ、嫌いなんだけれど。

「確かめたかったのよ。私の記憶が本物なのかどうか」
「記憶?」
「そう。ずっと頭に残って離れない、昔の記憶」

今となっては、あれが夢だったのかどうかすら分からなくなってしまった。
だから確かめたかった、同じことをやることで。



「それでどうしてタバコ?」
「昔、小学校の2年か3年くらいの時かしら、雨の日にクラスメイトと2人で公園で遊んでいたのよ。
その時にその子が持ってきたタバコを2人で吸ったの。
ただの思いつきだったのか、それともそれが目的で遊んでいたのかは分からないけど。
悪いことをしているという意識はなかったかな」
「それで?」

聖が先を促す。

「なんだかすごく煙たくて、むせかえっていた気がする。でも、それが本当の記憶かどうか分からないのよ。
夢の中の話だったようにも感じるし。それで、確かめてみたいなって」
「で、タバコなんて吸ったんだ?」

何となく呆れたみたいな聖の表情。
いつもは立場が逆だから、何だか新鮮な気にさえなる。

「そう。でも1箱買うのは勿体無いじゃない?だからお父さんのタバコを失敬したのよ」

「…信じられないな、蓉子でもそういうことするんだ」
「そうよ、知らなかった?」
「知らなかった。考えもしなかったよ。…で?どうだったの?」
「よく、分からなかったわ」
「…吸ったんでしょ?」

私の顔と吸い殻を見比べながら言った。

「ええ、吸ったわ。でも、何の味も分からなかったのよ。副流煙の方がよほど煙たいと思うわね。
みんなあれの何がよくてタバコなんて吸っているのかしら」
「ふーん…」

それからしばらく会話はなく、聖は何か考えている様子だった。
それが突然、イタズラを思いついた子供のような表情になる。

「ね、タバコってもうないの?」
「あと1本、あるけど」
「じゃ、それ頂戴。私も吸ってみたい」
「いいけど…どうして?」
「吸ってみたいと思ったからだよ」

聖の考えが全く分からないまま、残りの1本とライターを手渡す。
慣れない手つきで火をつける姿に、自然と笑みがこぼれた。




「…うぇっ」

ゆったりと昇る煙を眺めていたら、突然聖の声。

「…蓉子の嘘吐き。苦いじゃない、コレ」
「え?私は本当に何も分からなかったんだけど」
「うそ、こんなに変な味がするのに?」
「ええ。何も感じなかったけれど」

そんなに変な味がしたんだろうか、聖はまだ顔をしかめている。

「…蓉子、吸う?」
「いえ、いいわ」
「じゃ、消しちゃうね」

正直言って、今の聖のリアクションを見た後に吸う気になんて、とてもじゃないけどなれない。
私の答えを待ってから、聖はタバコをもみ消した。
あたりにはまだ、タバコのにおいと煙が漂っている。


ふと、さっきから気にかかっていたことを思い出した。

「聖、あなたどうして突然タバコを吸いたいなんて思ったの?」
「…そ、そんなのどうだっていいじゃない」
「良くない。どうして隠すの?私には言えないようなことなの?」

じりじりと後ろへ逃げる聖に追う私。
気づいた頃には既に壁際逃げ場はなし。

「さあ聖、観念して白状しなさい」
「うう…」

そして聖は私から思い切り目を背けて小さな声で何か言った…みたいだった。
ようするに、私の耳には届かなかったのだ。

「聖、聞こえないわ。聞こえるように言って」
「…」
「言いなさい」

「…蓉子と、同じ経験を共有したかったの…」

言った聖の顔は赤くなっていた。
だけど多分、言われた私も大して変わらないんだろう。

「…」
「蓉子…?」

上手く言葉が出てこなかったから、聖に思い切り抱きついてごまかした。


でも、一言だけ。
一番シンプルで分かりやすい言葉を。


「ありがとう、嬉しい」
「…うん」

ぎゅっと抱きしめた聖の体は、少しだけタバコのにおいがした。
結局あの記憶は煙に遮られて見えないままだったけれど、それはそれでいいかなと思った。






余談だけど、この後聖はしばらく頭痛と気分の悪さと左手に染み着いたヤニのにおいに苦しんだらしい。
『二度とタバコなんて吸うもんか』
と言った時の彼女の表情が、その苦しみの程を表していたように思う。



あとがき
聖と蓉子、それぞれのタバコ体験はどちらも実話。
何だか聖がへたれな気がするけど、彼女はへたれてなんぼな気もする。


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