曲がり角一つ違えたら



「ごきげんよう」
薔薇の館の2階の扉を開けて挨拶する。いつの間にか当たり前になっていた行為だった。

「ごきげんよう、志摩子」

そこにいたのは祥子さま一人。心無しか機嫌が悪そうに見える。

「祥子さま、どうかなさったのですか?」
「…何故?」
「何となく、いらいらしているように見えたので」
「そう、顔に出ていたのね」
「はい。…あの、私でよろしければお話を聞くくらいなら出来ますが」
「実はね、そんなに大したことではないのよ」

『志摩子も当事者の一人なのだけど』という前置きから、祥子さまの話が始まった。

「今日、クラスメイトに『もしも祥子さんが籐堂志摩子さんを妹にしていたら、 山百合会は今どのようになっていたのかしらね』って言われたのよ」
「それが、いらいらの原因ですか?」
「どちらかと言うと、きっかけと言った方が良いかもしれないわね」
「…はぁ」

よく、分からなかった。そんなたとえ話をされたくらいであんなに不機嫌になるものかしら。
そんなことを考えていると、祥子さまが話を続け始めた。

「それで、考えてみたのよ。私とあなたが姉妹になった山百合会を」
「どのようになりました?」
「まず祐巳がいないわよね。そして、白薔薇さまの妹も存在しないか、 あるいは志摩子でない誰かがそこにいるか」

その言葉を聞いた時、何故だかチクリと胸が痛くなったような気がした。

「頭では分かっているのよ。でもね、いくら想像してみても私とあなたが一緒にいる姿が思い浮かばないの。
自分に腹が立ったわ、あの時はあなたと私は姉妹になるべきだって、そう思っていたのに。
それなのに、今となってはそうなった姿を思い浮かべることすら出来ないなんて」
「それで、あんなにいらいらなさってたんですね」
「…そうよ」

ちょっとばつが悪そうに、少しだけ目を逸らして。
私は空になった祥子さまのカップを持って、流しへ行った。
会話のない沈黙が続くけれど、それは決して重苦しいものではなかった。

「祥子さまと、お姉さま…」

湯気の立つ二つのカップを見つめながら、何気ない言葉がこぼれ落ちる。
たとえばあの時、違う選択肢を選んでいたら今はどう変わっていたのだろうかと、少し考えてすぐに止めた。
考えることに意味はないと感じたから。

「どうぞ」
「ありがとう」
「…祥子さま」
「何?」
「私は、祥子さまと私が姉妹になっていたとしてもそれなりにやっていけたと思います。でも…」
「『でも』?」
「多分・・・いえきっと、今の方がずっと幸せなのではないかと思います。私も、…祥子さまも」

私は祥子さまの事も好きだけれど、その気持ちは多分、姉妹のそれとは異なると思うから。

「あなた、私と同じ事を考えていたのね」
「え?」
「私は志摩子の事は好きよ。でも、今は姉妹という関係でなくてよかったと思うわ。
だって、『姉妹』という形に縛られないであなたといられるんだもの」

柔らかく笑った祥子さまはとても綺麗だった。

「だから、この話はもうおしまいにしましょう?」
「そうですね」

『たとえば』だなんて、そんな想像はしなくていい。
私たちが私たちである限り、何度出会ったって同じ今日を迎えるのだろうから。
今が幸せだと知っている私たちはきっと、曲がり角を間違えたりしない。



あとがき
どこが恋なのかと・・・orz。・・・恋一歩前??
えと、志摩子さん&祥子さまです。
ほのぼのテイストを目指してみました。


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