紙一重



「蓉子っ」

廊下の向こうの方にその姿を見つけたから、声をかけずにはいられなかった。

「あら、聖。どうしたの?そんなに急いで」

振り向いた蓉子は両手に沢山のプリントを抱えていた。
教室に持って行くところらしい。

「ん、何でもない。それよりもそのプリント、少し持つよ」

「え?いいわよ、クラスのものだし…」
「いいからいいから」

言うなり半分くらいのプリントを抱え込む。
少しだけ、指先が触れた。

「さ、行こう」
「…分かった」

しょうがないわね、といった風に蓉子は歩き出した。
私はその隣に並ぶ。
何か話す訳でもなく、ただ並んで歩くだけ。
声をかけてくれる生徒たちに応えながら、そんなに長くないその道のりをゆっくりと。
けれども、ここはたかだか廊下。
あっという間にその時間は終わってしまう。


「ありがとう、聖。助かったわ」
「いや、どう致しまして」

なんでもない顔をして、プリントを返す。




指先が触れるだけ。
それ以上は何もない。
抱きしめてしまうのは簡単だけど、そうした途端に壊れてしまいそうで。

そんなことになったら、きっと今度は耐えられないだろう。


衝動と、その行き着く先とを秤にかけながら、危うさを抱えたまま今日をまた乗り切る。



あとがき
恋は常に危うさを抱えているものなんじゃないかと思う。
特にその恋が所謂『普通』じゃない時には余計に。
手に入れられないもどかしさよりに触れられる喜びが勝るうちは、多分まだ大丈夫。


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