乾いた涙



そんな資格なんて、最初からないのかもしれないけれど。



薔薇の館の二階の扉を開くと、珍しい光景に遭遇した。
テーブルにつっぷして、蓉子が居眠りをしていたのだ。
ここの所、気温も上がってきてすっかり春の陽気だから、居眠りしたくなるのも分からないでもない。

隣に座って眺めた顔は、とても穏やかで、幸せそうで…。
普通の人ならつられて眠くなるところなのだろうけど、
あいにく私はついさっき教室で居眠りしたばかりだったから眠くはならず、やることもないから、
とりあえず蓉子の寝顔を眺めさせてもらうことにした。

いつもしっかりしていて、下級生だけでなく同級生からも羨望の眼差しを受ける蓉子。
そんな蓉子の寝顔は、起きている時よりも少し幼く見える。
無性に触れたくなって、頭を何度か撫でた。

「ん…」

くすぐったそうな表情をする蓉子の瞳が薄く開かれる。

「…せい?」
「なに?蓉子」

しまった、起こしてしまったかな。と、少し焦ったけれど心配はいらなかった。

「ふふっ」

柔らかく微笑んだ蓉子は、再び眠りへと落ちていったようだ。…何故か私の制服の袖を掴みながら。
掴む力は思っていたよりも強く、私は諦めてなすがままにされることにした。

「せい?そこに、いる?」
「!?」

眠っているとばかり思っていた蓉子の、突然の言葉にものすごく驚かされた。
跳ね上がった心拍数を押さえ込むみたいに、空いてる方の手で胸元を押さえる。
寝言か、それとも寝ぼけているのか、端目には見分けられない。
だけど、どっちにしたって異様な事態であるのは確かだ。

「いるよ、ここに。蓉子の傍にいる」

袖を掴んでいる手を包むようにして、答えた。

「どこにもいかないでね」
「…うん」

この状況は何だろう。寝言だか寝ぼけているのか分からない蓉子にまともに相手している私。
端からみたら滑稽なんじゃないだろうか。

「せい、だいすきよ」
「……私も好き、だよ」

嬉しい、嬉しいけど、意識が覚醒してる時に言って欲しかった。
こんな状況で告白なんて、された方はとても複雑な心境になってしまうじゃないか。
そもそも言葉の真意すら掴めないし。
もしも大した意味がないなら、浮かれてしまった私がバカみたいだ。
そうやって悶々としている私をよそに、蓉子は新たな言葉を紡ぐ。

「…どこにもいかないで、ずっとともだちでいて」

頬を、涙が伝った。
何か夢を見ているのかもしれない。
それも、あまり良いとは言えないような。

「おいて、いかないで…」
「…違うよ、蓉子」

それは、違う。
置いていかれるとしたら、それは私の方だ。
今の私たちには、どうしたって『卒業』という2文字が付きまとう。
その先へ進んだときに一緒にいられる保証は一切、無い。
前を見据える蓉子と、この場に留まりたい私と、違いは歴然としている。
置いていかないで、と追い縋るとすれば、それは蓉子ではなく私なのだ。

ぎゅっ、と袖を掴む手に力がこもる。
悪い夢が、まだ続いているのかもしれない。

「大丈夫だよ、蓉子」

頬を濡らす涙を拭いながら、諭すように囁く。
大丈夫。
目を覚ませばきっと忘れてしまうから。



「私は離れたりしないから、だから…私を置いていかないで」

私は涙を流さずに泣いていた。
追い縋る資格なんて、あるのだろうか。



あとがき
このSSは実話を元に書かれています(ホントに)。
そして、徹底してラブラブの書けない私…。


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