「…初恋の定義って何なのかしら」
始まりは、蓉子が何気なく呟いたのであろう、この言葉だった。
初恋の定義
「どうされたんですか?お姉さま」
声をかける祥子の横で、孫の祐巳ちゃんはというと、百面相しながらあたふたしている。
…相変わらず周りを楽しませてくれる子だ。
「ああ、何でもないのよ、祥子。ちょっと考え事をしていただけだから」
「ねぇねぇ、江利子」
いきなり制服が引っ張られたと思ったら聖がなにやら耳打ちしてきた。
「…初恋告白大会?」
聞き返した声は周りの皆に聞こえてしまったらしく視線が二人に集中する。
むしろこの方が都合がいいとばかりに聖は”初恋告白大会”の説明を始めた。
「そ、みんなで自分の初恋を告白し合うの。そうしたら誰かさんの疑問も少しは解消されるんじゃない?」
おお、それはなかなか面白そう、と思ったとき、バンっと机を思い切り叩くような音が…。
「白薔薇さま、そういったプライベートな問題でお遊びになるのは如何かと思いますが」
うん、祥子らしい反応だわ。
「あら、全員参加だなんて言った覚えはないわよ?嫌な人はどうぞ、お帰りになって」
「…何故帰らなければならないんですか?」
「当たり前でしょう?プライベートな問題を扱うんだもの。不参加の人間に他の人の解答を知る権利なんてないと思わない?」
うんうん、その通り。なんて悠長に構えていたら、
「黄薔薇さまもなんとか仰って下さい!」
…おいおい、どうしてそこでヒステリーの矛先が変わるのよ。
もしかして聖とグルだと思われたのかしら。
…まあいいか。面白い展開の為に、たまには私も動いてあげる。
「ねぇ、祥子?」
「はい」
祥子の表情に若干の期待を確認。
まだまだ甘いわね、私のことを分かってない。
「不参加ってことは、貴女は祐巳ちゃんの初恋の相手を知ることが出来ないってことよね?」
「!!!」
「黄薔薇さま?!」
祐巳ちゃんが『私に選択権はないんですか?!』と百面相で訴えているけど、あえて無視。
ごめんね祐巳ちゃん、貴女に選択権はないのよ。
「っお姉さま!」
お、困ったときの姉頼み。
私には蓉子が祥子の側につくとはとても思えないけどね。
「いいんじゃない?参加したい人が参加すれば。それに、私もみんなの初恋って興味あるし」
「…分かりました」
不参加を表明して出ていくのかと思いきや、
「参加しますわ!」
だって。やっぱり祐巳ちゃんの初恋の相手に興味あるのね。
「オッケー。他のみんなも参加ってことでいい?じゃあ、この紙に書いてね。ああ、別に実名じゃなくてもいいから」
全員に画用紙とマジックが配られた。
なんで聖はこんな物を人数分持ってたのか疑問に思ったけど、そこはあえてスルー。
みんなそれぞれ配られた画用紙と向き合い、初恋の相手を探して記憶をたどっていく。
五分もすると手を動かしている人はいなくなり、
「そろそろ発表を始めるけど、みんな書けたー?」
という聖の声がかかった。
周りを見回すと、どうやらみんな書き上げている様子。
「それじゃあ…祐巳ちゃんからいってみよー!!」
「ええっ!?」
『そんなこと聞いてないですよー!』とか言いたそうな表情。
「……」
「ん?どうしたの?もう書けてるよね?」
「あ、あのっ、今から不参加って駄目ですか?まだ誰も発表してないですし…」
いや、それ以前に祐巳ちゃんに選択権はないんだってば。
「だーめ」
「あう…」
ほらね。
「さ、祐巳ちゃんどーぞ?」
祐巳ちゃんが顔を隠すようにして画用紙の表を向ける。
真っ赤に染まった耳がちらりと見えた。
そしてそこに書かれていたのは『祥子お姉さま』の文字。
「ええっ?!祐巳さんの初恋の人って祥子さまなの?!」
驚きの声をあげた由乃ちゃんは、『つまり16年間恋したことがなかったわけ?』とかなんとか、ブツブツ独り言。
志摩子もこころなしか驚いたような表情をしている。
「へぇ、そうなんだ〜」
言いながら、聖が祥子に視線を移すと、自然と他の面々の視線も集まった。
さあ、どう出る祥子。
「…祐巳」
「は、はひっ」
『どうしよう、怒られる』って顔をしながら首をすくめている祐巳ちゃんは、祥子の表情には気付いていないみたい。
きっとこの後、良いことが起こるのに。
「私が祐巳の初恋の相手だなんて…嬉しいわ、ありがとう」
「お姉さまっ!」
「…あら、祐巳、タイが曲がっていてよ」
祥子は自分の画用紙を放って祐巳ちゃんのタイを直しだしてしまった。
二人の世界に突入するつもりかしら?
まあ、そのつもりなら祥子の画用紙も見てしまいしょう。
そして拾った画用紙に書かれていたのは…
「優さん?」
「…誰だっけ?」
私と聖ははてな顔。
『優さん』なんて人、記憶にない。
なんだ、私達の知らない人か、と思っていると蓉子が驚いていた。
「「蓉子、知ってるの?」」
あろう事か、聖とハモった。
それはおいといて、何故か蓉子はあきれたような表情をしている。
何かおかしなこと言ったかしら。
「知ってるもなにも、花寺の生徒会長の柏木さんでしょ?」
…ああ、なるほど。
「ああ〜!あのギンナンの国の王子様かぁ。あんな奴のこと考えたくない、さっさと次行こう」
「…そうね」
端から見ると身勝手な聖の進行だけど、誰も文句はないらしい。
人気ないわね、王子様。
「で、次は誰の番ですの?」
「あれ、祥子いつの間に帰ってきたの?」
「たった今ですけど、何か?」
「や、別に」
今日は帰ってくるのが早いなーと思っただけだと思う、たぶん。
「それなら、よろしいんですけど」
「じゃ、次は由乃ちゃんと令ね」
「ちょっと待って下さい!!」
由乃ちゃんが叫んだ。
「なんで祐巳さんは単独で、私と令ちゃんはセットなんですか?!横暴です、白薔薇さま!」
「よ、由乃、抑えて…」
「令ちゃんは黙ってて!」
お〜い、由乃ちゃん?学校では『お姉さま』でしょう。
「なんで二人がセットかというと、答えが分かりきってるからなんだなあ。
分かりきってるものに時間使っちゃもったいないでしょ?」
「む〜〜」
あ、図星みたいだわ。
「分かりました、二人一緒にすればいいんでしょう?」
「え?由乃?」
「いくよ令ちゃん、せーのっ」
「「「「「「(……あ、やっぱり)」」」」」」
その場にいた皆(令と由乃ちゃん除く)の心の声がハモった、ような気がした。
もちろん書いてあった名前は、『令ちゃん』そして『由乃』。
とりあえず、『お姉さま』の『お』の字も見あたらない。
「ちょっと、いくらなんでもみんなリアクションなさ過ぎ!」
「「「「「「(一体どんなリアクションをしろと?!)」」」」」」
「…仕方がないよ、由乃。私たちの答えが分かりやすすぎたんだよ」
「もういいっ!次、志摩子さんっ!」
「え?私、ですか?」
突然の指名に驚く志摩子。
でも、祐巳ちゃん、由乃ちゃんとくれば次に志摩子がくるのは妥当でしょうね。
「あの、こういうのってありでしょうか?」
書かれている名前を見た瞬間、みんな思わず絶句してしまった。
さっきの令と由乃ちゃんの時とは違った意味で、みんなリアクションがとれなかった。
これは本気なのか、それとも笑いをとりにいったのか…?
「えっと、志摩子?」
「はい、お姉さま」
「『ギンナン』は人じゃないよね?」
「ええ。でも、これしか思いつかなかったんです」
いい、いいわ志摩子!素でこんなことをやってくれるなんて。
さすがに聖も困ってるわよ。
「うーん、人じゃなきゃ駄目なんて言わなかったからなあ、ギンナンって解答も確かにありかもね」
「ありがとうございます、お姉さま」
「…まあ、普通は人を書くんだけどね」
二年生までの発表が終わったため、次は私達三年生の番ということになる。
トリは蓉子で良いとして、私と聖、どっちが先にやるのよ。
そう思って聖に目をやると、自分を指さしていた。それじゃ、任せるとしよう。
「私の初恋はこの人でーす」
という言葉とともに見せた画用紙には『久保栞』の名前。
去年を知ってる私達にはリアクションのとりようがない気がするのは気のせいだろうか?
「聖…」
「何?どうしたの、蓉子」
「ううん、ごめんなさい、なんでもないわ」
悲しげな蓉子の表情に、この解答はちょっとまずかったかなと聖はつぶやいている。
あえて言わないでおくけれど蓉子は、書かれた名前が自分じゃないからへこんでるだけではないかと私は思う。
「え、えーっと、とりあえず気持ちを入れ替えて、次は江利子、お願いっ」
やれやれ、ようやく私の番ね。
これを見たらどんな表情をするのかしら。
「…『アメリカ人』??」
祐巳ちゃんが『どういうこと?』という表情をして、祥子は『いくらなんでも抽象的過ぎますわ』とかなんとか。
由乃ちゃんはあきらかに不満そうで令につかみかかり、蓉子と志摩子は顔を見合わせて頭の周りに?マークを飛ばしていた。
多種多様なリアクションをありがとう、みんな。
その中で、聖の周りだけ気温が下がったように感じる。
「江利子…」
「あら、なあに?聖」
どうやら気付いたみたいだ。何とも言えない複雑な表情をしている。
「あなたは一体、どういうリアクションをご所望なのかしら?」
「ふふ、その表情が見られただけで十分よ」
「ああ、そう」
「何疲れた顔してるのよ、失礼ね」
当たり前だけど、”アメリカ人=聖”という式を立てられたのは本人だけのようなので、
ほかの皆にも一応フォローをしておいた方が良いかもしれない。
「ねぇ、念のため言っておくけど、アメリカ人全般って意味じゃないわよ」
「そりゃそうでしょうね」
「その人、日本人だし」
「「「「「「…は?」」」」」」
蛇足だったかしら、これじゃフォローどころか、話を余計ややこしくしただけだ。
…まあ、皆の反応が面白いからいいとしよう。
「ねぇ、そろそろ次行きましょうよ。最後は蓉子でしょう?」
こういうときはさっさと誰かに話をふってしまうに限る。
「もう私の番なのね。私の解答、ある意味今の江利子のものよりひんしゅくを買う恐れがあるんだけれど…」
「まさか見せないおつもりですか?紅薔薇さま」
「そうは言ってないでしょう、由乃ちゃん。…それに、もう見せているのよね」
それだけ言うと蓉子は、これまで裏返しにしていたとばかり思っていた画用紙をそのまま差し出した。
つまり『白紙』。
「どういうことですの?!お姉さま!」
「ねぇ、祥子。私が言った言葉覚えている?」
「え?……『私もみんなの初恋って興味あるし』ですか?」
それじゃない。この事態を引き起こす要因になったあの一言は…。
「もっと前の言葉よ」
「……分かりませんわ。祐巳、覚えていて?」
「ふぇっ?え、えーと……もしかして、『初恋の定義ってなんなのかしら』ではないでしょうか」
「祐巳ちゃん、当たりよ」
「で、でもその言葉が白紙という解答となんの関係があるんですか?!」
由乃ちゃんが再び蓉子に噛みついた。
こういう時、本当に元気になったなと認識してしまうのは私だけだろうか。
終いには、令の方が由乃ちゃんに引っ張られていくんじゃないかと少し不安になってくる。
同時に期待もしているというのは秘密にしておこう。
「由乃ちゃん、初恋の定義が分からない私が、どうやったら自分の初恋を自覚出来ると思う?」
「それは…確かにそうですけど」
一発KO。
さすが紅薔薇さまの名は伊達じゃない。
下級生に噛みつかれようがそれくらいなんてことはないみたいだ。
でも、私としてはもっと面白い展開を期待していただけに少し残念だわ。
「さあ、これで終わりよね。片づけましょう?」
蓉子はそれだけ言うとさっさと片づけを始めてしまった。
その時テーブルから落ちた一枚の画用紙に私の目は釘付けになる。
「蓉子、落ちたわよ」
「ああ、ありがとう江利子」
「いいえ、お礼を言うのは私の方だわ」
「え?」
最後の最後でこんなことになるとは思っていなかった。
画用紙を拾う蓉子を背にして、思わず微笑んでしまう。
「聖にも教えてあげなくちゃ」
この幸せは二人で共有すべきだろう。
だって、蓉子が拾った画用紙にはシャープペンの薄い字で、
『白と黄色の二輪の薔薇、かもしれない』と書かれていたのだから。
「…見られちゃったかしら、ね」
親友二人の様子を眺める紅い薔薇は、穏やかな笑みを浮かべて呟いた。
「…ま、いっか」
あとがき
ギャグに…なってない???
『ありえたかもしれないそんな日々』よりも先に書き始めていたのもあってか、
今以上にキャラがつかめていません。
うーん、話もまとまってるんだかないんだか。
誰か私に文才プリーズ。
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