もしも二人が同じになれたなら、私はもっとあなたを知る事ができるのかしら。

ある冬の日-side蓉子-

「っ寒ー！」

また聖がわめいている。
今日は、日が暮れたとたん急に寒くなった。
風は冷たいし息まで白くなっているし、確かにわめきたくなるのも分かるけど…。

「…聖、わめいたところで暖かくはならないわよ？」
「分かってるわよ、でも言わずにはいられないでしょ、こんなに寒くなったりしたら」

だからって、数十秒に一度くらいの割合で、寒いって言うことはないと思う。

「天気予報見ておくんだった…」
「もう、さっきからそればっかり」

正直もうやめてほしいんですが、佐藤さん。

「そういう蓉子だって、寒くないわけじゃないでしょう？」

何当たり前のことを言ってるのよ。
マフラーをしてぬくぬくしてた江利子ならまだしも。

「それはそうよ。誰かさんと違って、マフラーしてるわけでもないし。
だけど、寒いって言えば言うほど、寒いって認識してしまう気がするから言わないだけ」

「……」

なんだろう、この沈黙。

「何よ、なんか文句あるの？」
「…いや、別に。ところでさ、今鞄の中を探して、マフラーが出てきたらいいと思わない？」
「そうね。まずないでしょうけど」

そりゃそうだと言って、くすくすと笑いながら鞄の中を隅々まで見ていた聖の表情が突然変わった。

「……うそ、なんで？」
「どうしたの？」

驚いたままの表情で、聖は何かを取り出した。

「…手袋が出てきたんだけど」

今度は私の表情が変わる番だった。

「嘘でしょ…？」
「ほら、見てみてよ」

そう言いながら手袋を渡そうとする聖の手が微かに触れた。
私とは違う、暖かな手…。

「…薄手だけど確かに手袋ね。どうしてこんなものが鞄に入っていて気付かないのよ」
「…さあ」

さあ、って…。

「でもよかったじゃない。これでいくらか寒さもましになるわね」

聖に手袋を渡す。
また微かに互いの手が触れあった。やっぱり暖かい。
聖は子供体温なんだろうか。

「……」

聖が握りしめた手袋をじっと見ている。どうしたんだろう。

「聖？」
「これ、蓉子が使いなよ」

当たり前のように口にした。

「え？何言ってるのよ、さっきまであんなに寒い寒いって言っていたくせに」
「でも、蓉子の手、すごく冷たかったから…」

理由になってないような気もしたけど、それくらいしか思いつかないみたいで、口にしてから自分で首を傾げて。
そんな聖が可愛く見えて、思わず笑ってしまった。

「気持ちだけでいいわ、ありがとう、聖」
「蓉子…」

あんなに寒がっていた聖から手袋を借りるなんて真似、出来るわけがないじゃない。
だけど聖はしばらく黙っていて、それから突然私の左手に、半ば強引に手袋をはめた。

「せ、聖？！」
「やっぱり蓉子の手、冷たいよ」
「でも、これじゃあ…」

聖が寒いじゃないの、と言おうとしたのを遮って、

「大丈夫だよ」

と笑って言うと、片割れを自分の右手にはめて、左手を私の右手とつないだ。
聖の手の暖かさが伝わってきて、なんだか心地良い。
でも…。

「……」
「ね、これなら暖かいでしょう？」
「ええ、だけど…これじゃあ聖の左手が冷たくなるじゃない」

決して手をつなぐのが嫌というわけではなくて、私の手が冷たいから、
それが聖に申し訳ないような気がしていたんだけれど。

「私の手の方が暖かいから、お裾分けだよ」

と、つなぐ手に力を入れて聖は言った。
多分、そうでもしないと私が今にも手袋をはずしてしまいそうだったから。

「好意は素直に受け取りなさい、ね？」
「聖…」
「それに、しばらくしたら二人の手の温度が同じになって気にならなくなるよ、きっと。」
「…そうか、そうね。それじゃあ気にしないことにするわ」

もしも手の暖かさだけじゃなく、二人が同じになれたなら、私はもっとあなたを知ることが出来るのかしら。
そんなことを考えているとふと、視線を感じた。

「どうしたの？聖。人の顔をじっと見たりして」
「んーん、なんでもないよ」

幸せそうな表情でそう言うものだから、同じじゃなくてもいいかな、と思った。
同じになったら、あなたの笑顔が見れなくなってしまうもの。

あとがき
聖さま視点で書いてから、どうしようもなく書きたくなった蓉子さま視点の話。