誰も触れさせない。
傷が癒えるその日まで。




茨の番人



「ゆ〜みちゃん!」
「ぎゃうっ。ロ、白薔薇さま!」
「ふふふー、相変わらず祐巳ちゃんの抱き心地は良いね〜」

今日も薔薇の館では毎度毎度の光景が広がっていた。
聖が祐巳ちゃんに抱きつき、祐巳ちゃんが叫び声を上げる。
そろそろ祥子が切れる頃だろうか。

「白薔薇さま、祐巳は私の妹なんです。ですから手出し無用に願います!」

「…だ、そうよ?」

とりあえず、これ以上事態を面倒にしないでと、聖をやんわり牽制しておく。

「ちぇ〜、いいじゃん別に減るもんじゃなしー」
「白薔薇さま!」

だけど、その牽制は役には立たなかった。聖は火に油を注いでいるじゃないか。

「蓉子ぉ、祥子が怒ったー」
「怒らせたのはあなたでしょう?」

毎日のようにこれじゃあ、祐巳ちゃんも大変だな、と思う。
でも、申し訳ないけど、それ以上に見ていて楽しいと思ってしまうのは江利子あたりの影響だろうか。

「…祐巳」
「ははははいー!」

聖から解放された祐巳ちゃんは、ぱたぱたと祥子の方へ寄っていく。
…なんというか、子犬のよう。

「返事ははい、でいいわ。…そろそろ帰るわよ、準備なさい」

「はいっ!」

怒られると思っていたのか、少し縮まっていた祐巳ちゃんは祥子の一言で復活していた。

「ふふふ、やっぱり紅薔薇さんちはいいねえ、一粒で二度おいしい」
「…あまりうちの妹達をからかわないで欲しいわね、白薔薇さま?」

というか、聖がやたらにちょっかい出すせいで私が祐巳ちゃんを構えないんですけど?

「ははっ、善処させていただくよ、紅薔薇さま」

こんなやりとりをしてるうちに、私のかわいい妹と孫は帰り支度を終えていた。

「ごきげんよう、お姉さま、白薔薇さま」
「ご、ごきげんよう、紅薔薇さま、白薔薇さま」
「ごきげんよう」
「ごきげんよう、またね、祐巳ちゃん、祥子」



ぱたん、という音と共に扉が閉じられ、薔薇の館には私と聖の二人きりになった。





「随分と雰囲気が変わったわね。…本質は変わらないようだけれど」
「ん、そうだね。まあ、ヒステリーは未だ健在だけど。祐巳ちゃんマジックってとこかな?」

からからと聖は笑う。だけど、二人の会話は食い違っていた。

「祥子じゃないわ、あなたの話よ」

「…私?」

「聖、私ねずっと思っていたことがあるの」
「…ん?何?」
「心の傷が見えればいいのに、って」


「……」


時が止まったような、そんな気がした。私も、聖も、空気でさえも。

「だって、傷が見えていたなら私、もっとあなたに上手く接することが出来たと思うから」
「蓉子…」

歩み寄って聖の頬に触れる。その瞳は動揺に揺れながらも、しっかりと私を射抜いていた。

「今だって、私にはあなたの傷が癒えているのかどうか分からないわ」

あなたは仮面を着けてしまっているから。

「…大丈夫、傷はいつか癒えるよ。そうじゃなきゃ、私はあんな風に笑えない」

頬に触れていた私の手を聖が包み込んだ。

「でも、時々あなたはとても悲しげな顔をしているわ」

包み込む手はそのままに、聖は静かに瞳を閉じる。

「…傷はいつか癒える。でも、私のはまだ瘡蓋くらいなんだろうね、つつくと少し痛むのよ」

「聖…」
「大丈夫。瘡蓋はいつか自然に取れるでしょう?それまで放っておけばいい。
誰かがムリに剥がそうとしなけりゃ平気よ」

聖は穏やかに微笑んでいるはずだった。
だけど、今はその表情がかえって悲しく見えてしまう。思わず私は聖を抱きしめていた。
ひょっとしたら、顔を背けたかっただけかもしれないけれど。

「…もし誰かがその瘡蓋を剥がそうとしたら、私が守ってあげる。
絶対に誰にもあなたを傷つけさせない」


もうあなたに涙を流させたりしない。


「…うん」

聖が小さく頷くと、視界の端で色素の薄い髪が、陽に輝きながら揺れた。

「私がずっと傍にいてあげる。だからあんな悲しそうな顔をしないで…」
「うん。…蓉子には面倒掛けっぱなしだな。ごめんね、ダメな友達で」
「いいのよ、少しダメなくらいが世話の焼き甲斐があるわ。それに…」

友達なんて損な役割のためにいるようなもの、確か”黄薔薇革命”の頃に祥子に言ったような気がする。

「……」

「……」

お互いに言葉を探しているような、微妙な間。
それは私に恥ずかしさを自覚させるには十分だった。

「…聖?」

「…」

とうとう耐えきれなくなって声を掛けてみたが返事はない。それならば、と少し体を離して顔を覗き込む。

「〜〜〜〜っ」
「??」

私は、聖の感極まったような表情を確認したのとほぼ同時に抱きしめられていた。
正直、もう少し力を緩めて欲しいと思ってしまうくらいに強く。


「ホントに蓉子はお節介なんだから。…でも、ありがとう」




耳元で囁くように告げられた言葉が、いつまでも頭の奥で響いていた。









「鞄、中にあるんだけれど入っていくタイミングが無いわね…。
まあ、面白いものが見れたからよしとしましょうか」
扉の外に江利子がいたことを私たちが知ったのは、もう少し後の話。




あとがき
正直、もっと上手くまとめられなかったのかな、と思うSSです・・・。
これを書いてるころに、自分の聖蓉子(蓉子→聖)好きを思い知りました。
確か書き始めは『初恋の定義』よりも前。
マンガが描きたくて、セリフだけ作ってたものに地の文を足して、ラストをちょこちょこ変えたんだったと思います。
電車の中でちょこちょこと。


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