理由なんかなかった。
ただ、なんとなく行かなければいけないような、そんな気がしただけ。




終わる世界の最後の朝に



ガチャ、と扉を開けて、中に入ってきたのは白薔薇さまだった。
今日卒業してしまう、私の大事なお姉さま。

「ごきげんよう。どうしたの?こんなに早く」
「…なんとなく、ここに来なければいけないような気がして」

「そう。…ねえ、せっかく薔薇の館に来たんだし、二人で最後のお茶会でもしましょうか?」

台所に向かいながらお姉さまは提案する。
『最後』という言葉の響きがどうしようもなく悲しくて、私はお姉さまの袖を掴んで縋っていた。

「お姉さま、最後だなんて、そんな事…」
「…寂しい?」
「私は、きっとお姉さまのような白薔薇さまには、なれません」
「いいじゃない。私みたいになろうとしなくても。あなたはあなたの花を咲かせなさい」

振り向いたお姉さまは、優しく、けれどもしっかりと、私の瞳を見据えて言った。

「でもお姉さまがいなくなったら、私は…」

「バカね。あなたはたった一人で咲く訳ではないの。一緒に咲く紅と黄の薔薇がいるじゃない」
「……はい」

私は、いつの間にかこぼれていた涙を手の甲で拭いながら、やっとのことでそう答えた。

「さ、時間がなくなってしまうわ。お茶を入れましょう」

お姉さまは、手に取った二つのカップのうち一つを私に差し出す。
訳が分からずに立ちつくしている私にお姉さまは言った。

「ここで飲む最後のお茶は、あなたが私だけのために入れたものがいいわ。
そして、私がここで入れる最後のお茶は、あなただけのために」

と。その言葉に、私は喜んでカップを受け取る。
薔薇の館の住人たちは私よりもお茶を入れるのが上手な人ばかりだけど、
こうやってお姉さまを喜ばせることが出来るのは多分私だけなのだ。

「お姉さま」

「なに?」
「小さな花でもいいんですよね」
「そうよ。どんなに小さくても、枯れたり、しおれたりしなければそれでいいの」

こうして紅茶の香りの中に二人でいることは、この先きっとない。
だから、今この瞬間がとても愛しいと、そう思った。

「私は…私の花は、ちゃんと咲くことが出来るでしょうか」
「出来るわ、きっと。あなたはとても弱い花だけど、それだけではないのだから」

その言葉には根拠があるわけじゃない。
花開くことなく枯れてしまうことだってあり得ないわけじゃない。
それでも私の不安は一掃されてしまった。
お姉さまの言葉というのは、妹にとって魔法のようなものなのかもしれない。

「お姉さま」

「なに?」
「…ご卒業、おめでとうございます」

言うことができないんじゃないかと思っていたその言葉は、思っていたよりもすんなり口に出来た。
驚いたような顔をしたお姉さまはすぐに、少しはにかんだような笑顔で、

「ありがとう、聖」

と言ってくれた。





お姉さまが入れてくれた紅茶は程良い甘味で、ほんの少しだけ涙の味がした。









「…さま、お姉さま」


「んぁ?」
「起きて下さい、制服が皺になってしまいます」

目を開けたら、そこには志摩子が立っていた。二つ年下の、私の大事な妹。

「はは、いつの間にか寝ちゃってたみたいだね、起こしてくれてありがと」

去年のことを夢に見るなんて、少し感傷的になってるのかな、自分自身なんともないつもりだったんだけれど。

「夢でもごらんになっていたんですか?」

「どうしてそう思うの?」
「幸せそうなお顔をしてらしたから…」

確かにいい夢だった。でも…。

「幸せな夢よりも、今志摩子が私のそばにいることの方が、私は嬉しいな」
「…お姉さま?」

「珍しく一緒に薔薇の館にいることだし、二人だけのお茶会でもしようか?」




目覚めて志摩子の顔を見た時から、私は決めていた。

私だけのために紅茶を入れてもらおうと。
その紅茶はきっとすごくおいしくて、今度は涙の味はしないのだ。



あとがき
とうとう書いちゃいました、先々代白薔薇さま。
妹な聖さまが書けて満足です。
キーワードは確か『二人だけのお茶会』『歴史は繰り返す』だったような気がします。
後者は特に意味もないんですけどね。
先々代をもっとカッコよく書ければ良かったんですが・・・。
うーん、技量不足。


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